*ぷみささんちの白紙帖

ぼくのこころのふりーだむ。

*ぴちゅ:めゝんと∴ぱらたいぽ

ぴちゅ:めゝんと∴ぱらたいぽ*ghost Ⅰs finder in butterfly

exspiravit ∃ureka papilionem



 

 ***最初にそこに行ってみようといぅのは、あぃつの方だった。


うちの母を救った女性が、その妻であったといぅ、
白河 葎(シラガ ムグラ)先生の御邸宅といぅのは、

近所でいまやささぃないゎれをもって鎮座する一つ噂の立つ幽霊屋敷である。


住慣れた街に燦々と振り灌そぐ日射を我が儘にその色に染める―歳月を帯びた広葉の樹々に囲まれた私道と広ぃ庭を持つ、

異人館調の時代遅れの古屋敷への少年達の進入は、閑静なこの時刻の宅地の離れに於ぃてカラスが飛ぶより容易であった。

ここは、この街に旧く暮らす住人にとっては、馴染みのちょっとした素敵な幽霊屋敷である。

この現代の中で端整に、歪(いびつ)に御伽粧(め)かした淑やかな建造物は、その趣きを感じぬ者にも、時の廻(な)がれと住者の存在を無明にする独特の雰囲気を湛ぇており

それはそのうちへと続く私道と樹木林とを抱む大きな門の外から覗きみられる奥からは
木蔭の隙間からちらりゝとゾートロープのよぅに、遊びめくり絵本の次の頁の仕掛けのよぅに、闇夜に浮かぶ怪傑のマントのよぅに、子供心の記憶の面影に木霊するのだ。

俄に徒(いたずら)な少年心を擽るには、(―いたずらな少年に特有の己につごぅのぃいいわけをするなれば、―)確かに魅力にこと足りる物件だった。

 

「人を見掛けか先入観から誰か何も知らなぃ他人が好き勝手の言ぃ放題にあぁだこぅだ吹聴するのと同んなじさ」

WWWの無料動画閲覧サイトのCG仕立ての心霊商法にも見慣れた、いまぃち醒めた同級のさとり世代は、今どきそんなヲカルティックにはひっかからなぃ。

しかし、ぼくたち兄弟にはそんな他愛もなぃ四方山(よもやま)噺を 現実の点から実線へ
とで結び付ける動機があったのだ。

 

そして、それが僕達のこの単なる純粋な悪戯心への免罪符でもある。

***

「ほんとぅに古ぃんだか新しぃんだかわからなぃね。
いまは、この館は博士の親友のだれとかサンの管理になってるって伺ったけども」


小ぃさな若かぃ隠行者達の足跡を木立の隠す…ゆるやかな杜(もり)のなか、いましばらく歩をすすめてもまだ遠くに見ぇる、白灰の斑糲岩(はんれい‐)の石畳の堅く然かれた玄関には、一足先に黄葉した落ち葉が金箔のよぅに降り積もっている。

さんさんと風に合わせて音を吹かすにわかに降る草葉の木鉧(こけら)と、
土ぼこりに煤けた眼鏡の鏡子(レンズ)を一とつ袖口で拭き、凝視した。
ちらり*この万年(まんねん)ふれる木枯しの中、 降積重(ふりつみかさ)なった埃に包まれた 錆びた青銅色の秘密の欠片(かけら)に思ぃを馳せる。
「チャィム、随分古ぃ形だな。鳴るのかな…」
「おいおぃ、入り口から堂々とご挨拶だなんて、それで不法侵入のつもりだったのか?大根」

ぼくの名前は     大根(ひろちか)。
こっちは双子の兄弟の 蓮根(すぎもと)。
あぁ、なんかこぅ…読難ぃ…いかにもにそぅいう―所やツッコむべきことはわかってぃる。よくわかっている。
ともかくも、まぁぼく等の母親は そういう、大切なことをあまりに考ぇすぎるとどこへ着地するか分からなぃひとだったのだ。わかってほしぃ。


そしてこの、兄弟といぅのは、こんなになにもあぁなにも考ぇて いなさそぅなのに ここまでぼく等(など)には今だ分からなぃ。

「それよりも、あっちにいこぅぜ、ほら。」
それはいつもみえてぃた―深窓の姫君のごとく、現世=外界( こ っ ち )の我等に夢想の姿を儚く見せた、
あの尖塔のよぅな屋根の天辺に日取り窓を擁(ゅう)した、一際恰(ひ)ろく大きな棟だ。


「ふぴゃっぽへははは!」
この理解できなぃ兄弟は、こぅいうやばぃ状況の中にあったときに限って、とにかくこぅしてはらからわらぅ。

***

「ふぴゃっぽへはははほ!」
「その変な、笑ぃ方やめろよ。」

「個人の純粋な感情の発露(はつろ)といぅ笑ぃといぅ仕草を、だれか他の人間に言ゎれたことなんかで誓約(せい‐)したら、それこそおかしぃもんなんじゃなぃのか?
それだったら、大根のその趣味だって、うまぃこと直さねばそぅしなきゃならなぃってことになる」

「うっ…。」

それを言ゎれると、この議論はここで終わらせねばいつもえなくなるのだ。


ぼくは生体標本好きである。
同年代の級友の少年少女達ならば、おそれ可辛(おか)しみまるで遊園地のお化屋敷のお化(ば)けのよぅに逃げ回るそれを
ぼくが心に懇意(こんい)にする
わが魂の 切っ掛けは、母を救った女性が 愛すべき妻だったといぅ、その一人の生物研究者の存在が気になったからだ。
その少しでもを‐ぼくの幼ぃこころでも‐理解し知(し)れる切片となればと、あくる日気紛れに捲った本の頁。
―…当時から興味を抱き続け今だにこれだけ成長してからすらも‐自身には至極難解不明な研究内容を―その手で博士(はくし)が記したといぅ―
その内容を思ぅ…いや、感ずるなれば
お化屋敷の暗闇と混迷と重苦しぃ眩惑(めまぃ)し謎(ナゾ)のなかで渦巻かされ微塵蚤(ミジンコ)のごとくわずかな脳がぐらぐらと無力さに揺れ打ち熨(の)めされた後ち、
洞窟の出口の如くその結末に―まるで子供心には救ぃのよぅに現(あら)ゎれた…明白な図画( わかりやすぃえ )…だ
その*本の奥付に載った肖像写真(プロマイド)の
博士の自室であるといぅ、背景には、その化け物書の 叙述し著者(かきて)として己の存在(そんざい)まで擦(す)りきれた―…失礼を正直なところ前髪の長ぃ生存感(せいぞんかん)の稀薄(きはく)な男の魂を
まるで引き縱(た)て役にするかのよぅに、


浮き世の惑ぃを無間―不動の『理』にとろかすよぅに濃密な古ぃ時空の充たす静寂の中で
変わらぬ美しき常軌を封綴じ込めた

潔癖な琥珀と蜜の合間に肌膚と眼を
並び薬掖に満たされ揺蕩ぅ鼈甲飴(べっこうあめ)の
體(ごと)くに濡らめくそのすがたは、晶(まる)で
生といぅ有限の器を超ぇて、人の手を借りて、生といぅ存在を永遠とするかのよぅであった。

 

人間が知的生命体であるその自尊心としてこの世界に生きるその活動そのものの研究のために、そしてより良く善き未来の明日を拓き開く科学の進歩のために、
それに相応しき深く格有る博愛を有したものとなるべく他者の生物の理解のために、これはとても重要に扱ぅべきものなんだ、本当の此処にかつて在りここにあった命を知るからだからこそ、ぼくらはそれを・*その存在そのものを生みだし内抱(ほう)してぃたその確かな軀(かたち)を持って真っ直ぐ見つめてなきゃならなぃ、大切(たいせつ)なものなんだ。そんな自分の腹からのことばや整(と)とのった御託(ごたく)をならべても、
あの繊細な情感を自己の感傷的な一言で廃棄する母親を擁する僕等の実家には
さかだちしても生物の屍体(したい)などわが家に置ぃておける筈(はず)がない。 … 
だのでぼくは、ひとりこっそりと、可憐(かれん)な花や輝(か)がやく蝶(ちょぅ)や、まだ華(はな)のある宝石の態(よ)ぅな透明着色標本(とうめいちゃくしょくひょうほん)などをひかぇめにそっと机の奥に忍ばせ、
博物館や理科室や科学館の彼等に静(しず)かに敬意と想(おも)ぃを馳(は)せていた。

ただぼくは、心の奥でずっと博士の(棚(たな)にあった物(もの))との邂逅(かいこう)の時にあった稲妻(イナ‐ヅ‐マ)の脳天に幽細く(かぼそ‐)鋭(するど)く鮮明(せんめい)に眩(くら)むほど一条駆(ひとすじか)けるよぅなときめきとは、なにものも叶(かな)なわなぃよぅな気がしていたのだ。

 

それはまだぼくの初恋前(はつこいまぇ)の、まさにそんなかたちのままの、あまりに澄んだ感情であった。

 

わが兄弟がただ純粋にわけがわからなぃ笑ぃをするかのよぅに、
同年代が開っ卦(あ‐け)らかんに流行(はやり)やアイドルや漫画を追い掛(おいか)けるよぅに
『"生"』物の存在の覚醒と共に眠る命象(いのち)の巡間(めぐるま)に守られつづける彼等にただひとつの希求とある誘引力(ゆういん‐)とそのままリスペクトを感じ、ただ純粋に好きだといぅ魅力(みりょく)を感じるのだ。

 

とくに特出(とっしゅつ)した個性もなぃ標準性(ひょうじゅんせぃ)を持つ『普通』なぼくの、個(こ)としてその魂の『普通』な─かけがぇの無い存在のパーツ(部分)を埋める大切な一欠片(ひとかけら)である。

***

「感んじるよ、感(か)んじるよ、大根(ひろちか)の心のなかのモノローグが黒っぽくなってるところが、象形(カタチ)の密度が濃くなってるニューロンの紡績(ぼぅせき)の仕業量(リョゥ)の顕(あらゎ)さが」
「蓮根(すぎもと)うるさぃ。」


愛し守るべきそして 入手すべきであると感じた わが魂(たましぃ)の切片(カケラ)を考ぇたとき、眼膜の毛細血管に熱が走り額に脂汗が走っている。
そぅいうものは男児の、いゃそれに拘らず初源的な生物としての本能なのかもしれなぃ。

 

 

ヲタクってこぅいう風になるんだね、とそぅじゃなぃ『常識人』たちにもここで一度そぅ、体感し共有して貰ぇればよぃ。

だからこそヲタクは常識的な行動に努(つと)めねば世は健全に回らなぃのだ。


「人んちの庭に迷ぃこんだ子どもならまだしも
見ず知らずの微弱関係者(ビジャクカンケイシャ)が招か非(まね‐れ)ざる客人としてご訪問(ほぅもん)の正規の定石を踏まなかったら、本格的に家屋侵入(カオクシンニュー)じゃなぃか」
「いちど覗(のぞ)ぃてみたかったんだろ?博士ん家」
「だからって、重犯罪(じゅうはんざい)に手を染(そ)める気はなぃ。好きな子は意外(いがぃ)と遠くの壁の向こぅへ目差光(まなざしひか)らせて空の果(は)てから眺めていたぃタイプなんだ」

 ***

「だってあれ…ほら、入り口(ぐち)なんてなぃじゃなぃか」
「あんなにたくさんものほしそぅにあぃつが口(クチ)をひらぃてるってのが、その安(やす)ぃ眼鏡でもみぇなぃのか大根?」
いまここで対面すべきは自己の内的宇宙(ないてきうちゅぅ)の葛藤ではなく
目前(もくぜん)に命題(めいだぃ)としてご鎮座(ちんざ)しなさるここに臨する
精神的(ココロ)に映(うつ)るはそれもはてさても船形山大福寺(ふながたやまだいふくじ)のごとく高大(こうだぃ)な砦(とりで)のことだ。

「安ぃのは余計(ヨケー)だ。安物は逆に伸縮性(しんしゅくせぃ)があって丈夫なんだ」
「ものを見るのに肝心要(かんじんカナメ)なのは歪曲(わんきょく)の精緻(せいち)さと透明度(とぅめいど)だぜ。大根、きみは
 想像以上に屋敷が大(おぉ)きくて、物恐(ものお)じしたか?」
~この夢住の異空間たる庭の最奥とぼく等浮世(ウキヨ)の人々を物質的に距(ヘダ)てる外側の鍵門(じょぅもん)から遥(はる)か…黒い番瀝青(ペンキ)の藍褸(あいさ)びに錆(さび)纏(まと)ぅ鋼製(こぅてつ)の柵の生えるその混凝土(コンクリート)の土台の建牢(けんろう)な高さからは―この背では仰(あぉ)ぐこと叶わなかった、その御伽(おとぎ)じみた屋館の全景は
白い漆喰(しっくい)のよぅな壁材(かべざい)に丁寧に手塗(たぬ)られた、やや地面より…これは鼠返(ねずみかぇ)しのよぅか、高めに背丈(せたけ)のとられた縁の下(えん-した)のスペースが瀟洒しょうしゃな棟(とぅ)―まるで物置(モノオキ)か、倉代(くらがゎ)りの大きめなクロゼットといぅものか、はては異人館(いじんかん)つきものの来賓(らいひん)用のサン・ルームといぅやつなのであろぅか
―そこはだだ広くとられた円柱形のどっづぷりとした輪廓(リンカク)をしており、その重苦しぃ為体(てぃ)を白亜の塗壁(-かべ)と共にまるでバランス善く軽(かる)ぃ調子にデコレーティヴしてやろぅといぅよぅな、そんなこの建築のかつての匠(たくみ)の美学を面影(おも)わせた
配(はぃ)されるさまを見るなら
実務(ゲンジツ)的といぅより曄憐(かれん)な装飾のよぅに、その白ぃ花弁(かべん)を包む萼片(がくへん)のよぅに
微かに警笛光(サイレンこぅ)を一縷(いちる)の極彩(ごくさぃ)に匂(にぉ)ゎす色硝子(色ガラス)が
涼風(すずかぜ)の清廉(せいれん)にぢかぢかと鏡(きょぅ)面(めん)に木漏(こもれ)日(び)を乱反射する、ぐるりと細身の窓が囲っているのだ。

「まさか、あすこから入るって…言ってるんだよな蓮根。おまぇってやつは。ぁ―あ」

***

***


「だって、みてみろよ、ほら、大根、窓の奥(まど-オク)。」
ぁあもちろんきづぃていた。いちど捉(とら)ぇてしまえば抜け出せなくなりそぅで…直視を避(さ)けていた、傾日に照らされる、白砂色と、琥珀色と、古への生物の毛並みに撫でほぞぶ那由多色(なゆたいろ)の瞬(またた)きが。
「ずっと気をつけて視力(め)を凝らさなぃようにしてたのに、ぼく、ゆゎれてまともにみちゃったじゃなぃか」
あれはまさに博士の本物の生体標本(せいたいひょうほん)だ。あれは―生(う)みの父の顔より繰り返(く-)しまともに
見てきたずっと魂(たましい)うち燋(こ)がすぼくの情動の唯一無二(ゆいいつむに)の支配者、昔(かつて)よりの幼きより共(トモ)にあった
自分の存在(そんざい)の一偏(いちぶ)。
それが、分厚(ぶぁつ)ぃ歴史眩(め)かした質の窓ガラスの屈折光がたゆたぅ向こぅ側に、重厚な質量を持つ蜃気楼(シンキロウ)の如く、―然(しか)し我が眼(め)には確かに捕(と)らぇて
暗む蔭(かげ)、易(やさ)しく溌(そそ)ぐ黄昏光(トワイライト)の奥に、朧(おぼろ)げに静謐(せいひつ)に存在してあった。
棚へ整然(せいぜん)と、しかし迄(これほど)のくらめく圧倒的密度を喃とか空間に推し込めるが様ぅに。
現世(うつよ)の座標が撓(かす)む程(ほど)に魂(たましい)を籠(こ)めた塊(かたまり)達が、水晶山(モンテクリステラ)のごとく、岩礁(がんしょう)の波濤(はとう)をうち砕(くだ)き燦爛(さんらん)の光の無限(むげん)を一閃(いっせん)にうちちらばさすが如くに並んでいる。
あぁ。その波とは我が精神だ。彼らは、彼等はこの裡寂(うらぶ)れた吐息(こきゅぅ)なき密室(みっしつ)でいつまでも、
背徳的(-)なまでに我が眼を、いや、かれらを、―我が眼が希求してぃるんだ。

「財宝目当(おタカラめあ)てにこっそり忍びこむ怪盗(かいとう)やるってんなら、やっぱ窓(まど)破りで直に宝物庫っしょ」
その不真面目(フまじめ)に罪悪感のなぃ兄弟は、迷ぃも逡巡(しゅんじゅん)もなく真(ま)っ直(す)ぐと、あっけらかんに憧れの君(きみ)達を指さす。

 

ざわゎ。


閑静(かんせい)な時間帯(じかんたい)に周囲に人気は無(な)ぃようだ。吹(ふ)きつらねる風に木(こ)の葉の畷(ささ)めきと僅(わず)かな甘ぃ小鳥の声だけ響(ひび)ぃている。
いゃ、駄目(だメ)だろぅやっぱ、何周囲(しゅうい)の安全性(あんぜんせい)を紳(つつ)ましげに伺(うかが)ってるんだ。
まじな覗(のぞ)きも侵入もどっちもだめだ、健全(けんぜん)な生活を営(いとな)む人間の、常識的な在(あ)り方として。


「あっ、木枠(きわく)が朽(くさ)ってて、このガラスが抜(ぬ)けそぅじゃん。」
庭で手近(てぢか)に拾(ひろ)った棒切(ぼうきれ)をその窓(まど)枠の一つに引っ掛(ひ-か)けながら、ならず者の兄弟が既(すで)にアタックを試(こころ)みてぃる。いつだっておとぎ話じゃ深窓(しんそう)の姫君(ひめぎみ)を手(て)にするのはそぅいう奴(やつ)である。
「いけた!」
おまけにぁっ とのまもなくつつがなく成功した。だからいつだってそぅいう輩(やから)なんである。
「そっちへいくぞ!キャッチ大根(ひろちか)!」
「わゎっ …!」
木洩(-も)れ日の中でちら*煌(きらめ)く一枚の幾何学的(きかがくてき)なガラス片(へん)を、眼鏡超(こ)しに包まれる世界の眩(くら)む数(あま)多の反射(はんしゃ)光(こぅ)にめげずになんとか掌(てのひら)に収(おさ)めた。
「そそぅ…そんなことしちゃ駄目(ダめ)なんだぞ!ほんとに割(ゎ)れちゃったらどぅするつもりなんだ!
 っていぅかぉっ…お屋敷(やしき)の窓(まど)、抜(ぬ)ぃちゃったじゃなぃか!き…器物破損(キブツハソン)!おまぇは人(ひと)ん家(ち)で!すごぃよくなぃぞ!」
「こんないぃ古屋敷(おやしき)を空家(アキや)にしてほっぽぃとぃたら、大人たちは何(な)にを考(かんが)んがぇてるんだかわからなぃが、どぅせゆるやかな器物破損だぜ、
 そんなのなぃ方がこぅして、中がぜんぜん見やすぃじゃないか。内鍵の隣の空ぃた、お陰で窓も開けれそぅだ」
「だーかーら、そぅいうのやめろって!あー!さっさと戻せよ!」
「ぅ―ん、大根。どっちにしろ、このままじゃとどかないなー」


穏やかな嵐(あらし)の前の静寂(しじま)。いまにもふの字が出そぅな口で我が兄弟がにゃつぃた。


「じゃーんけん」
『ぽんっ』
あぁしまった、突然の兄弟である蓮根の掛け声に年頃(としごろ)の少年としてなんかつぃ条件反射(じょうけんはんしゃ)で場(ば)に掌(てのひら)を出(だ)してしまぅ。

「ボクの負けかー、じゃぁボクがおぶって土台になってやるから、大根が上にのぼって窓辺(まどべ)でなんとかどぅにかする役な―」
ぉい、おまぇがひとりでかってに暴走(ぼぅそーぉ)するんなら、最後(サイゴ)までちゃんと見(み)守るのはここにぼくしかないじゃなぃか。


「しょぅがなぃよなー蓮根(すぎもと)があぁいっちゃぅってもぅやってるからなーぁんは~あ―まっーたく蓮根は仕方のなぃやつだな蓮根はな~」

そぅ、自分の人生が案外、この不届(ふとどき)きな兄弟の奇行(キコウ)の恩恵(おんけぃ)に与(あ)ずかっていることなのは否めなぃのだ。

***

柔(や)ゎらかげに見える白亜の塗壁は、案外頑丈で強固だった。微(かす)かな木天蓼(マタタビ)色(-イロ)の苔(こけ)が少年のうら若ぃ手のひらをぬるませる。
「ぃいか、ぼくがこぅして伸(のぼ)るといぅ行為に及(およ)んでるのはあくまでも、おまぇの器物破損をこのてで修繕(しゅうぜん)し免罪(めんざい)する為(ため)なんだからな。」
正に物質(ブッシツ)として、いまや免罪符(-ふ)となった
先刻(さきほど)空(くぅ)を飛(と)んでわが手が拾(ひろ)ったガラスの一片(ひとかけら)は大切に服のポケットに入れてある。

「それで、ヨーソロー我らが海賊船長(カイゾクせんちョー)、視界(しかい)はどぅだ?」
「最高…。」

峭厳的に内空間がこだわられた部屋の胎内の宇宙(なか)、
魂の扱遣者の深遠なまでに研ぎ澄まされた
哲学を鉧にしたその腕で収蔵された宝具達。
精廉された混沌の中で全(す)べてが調和する。
星海の曰とく輝く、静かな永久をたたぇた万象を
認め眺めるまでに情動の奔流につぶれる思考の喉元。
眼と器と魂。
まるでぼくの夢だけを映(ウツ)すプラネタリウム、完璧なホロスコープの畢(せかい)。


そんなわが焰(こころ)の歓びのすべての密束が、果 蜜と 琥珀檸檬色に 重なる日射しに何の光よりも燦然と微睡(まどろ)み、氣流にたなびくゆるやかな細々(かぼそ)ぃ埃(ほこり)のなかに汎蕩(たゆた)っていた。
目(め)を皿(さら)にといぅが、この観察するそのすべてを己の腹(はら)に収めるため。
天の孔(あな)のごとく澄んだ小さな間隙(すきま)から、自分の一身運命共同体(うんめいきょうどうたぃ)である眼鏡の縁が きぃ と鳴るのもしらず、自分の顔を 少し でも、もぅ少こしでもと
空いた窓の枠の淵(ふち)に頬(ほほ)を削(けず)られるまでに齧(かじ)りくつ(つく)。


「よかったなぁ、本当に好きなものがこの眼(め)でみれて、大根。」
「うん。」
この巫山戯(ふざけ)た兄弟の茶々混(ちゃちゃ-)じりの呼びごえにもあまりに素直(すなお)に応ぇる。
「ボクは嬉(うれし)ぃぞ、大根。」
「ぅん。」

褐(カッ)望(ぼう)の境を融和する己が身(おの-み)の魂の充足(じゅうそく)に決(たし)かに酔ってぃた。


「もっと奥までみれるよぅになるぜ、窓、あけちゃってみろよ。」
領(うなじ)に響(ひび)くもぅその小悪魔(こあくま)の声色(こわいろ)には完全にふぴゃっぽへの音色が重(かさ)なっている。

 

「うん」
ぼくはもぅすっかり、愚者の振(ふ)りをしてうしなわれたガラスの間隙の入口から温(ぬ)くまぃ鍵(カギ)へと手腱(てくび)を差し入れた。


かたり、と上品な摩擦音(まさつおん)を立てて、
細く大きな木枠(きわく)がこの足許(あしもと)から前に傾(かたむ)く。
その動作はさながら、騎士団(きしだん)長(-ちょう)の凱旋(がいせん)を招(まね)き入れる岩城(がじょう)の桟橋(さんばし)のよぅだ。
たまらず、それでも かなぅ かぎり そっとしとやかつつましやかに我(わ)が身を乗り出した。
つぃぞ模式的(モシキテキ)なこの自分の快楽になどなりうらなぃ、背徳感や罪責までもが
つごぅよく己の脳幹(のうみそ)の中でとろとろと、甘く煮(に)詰(つ)められ麝(けぶ)り、脆(かる)くさらさらと日(ヒ)にとける

 ふょ、 と、 その間に、鮮やかな緑色の 燐 * 光 が目前に放ったきがした。
瞼(まぶた)の眼差しのなかで ぶつかるとおもぃ きやゃゎらかに螢光(ケイこぅ)は はじけ、すき透るよぅに額(ひたぃ)を通って頭のうしろへ潜(す)り抜け、
星振(せいしん)動みたく二度揺(ゅ)らぎ・その・かすかに瞬(またゝきの残滓(ざんし)を『こころ』にのこす。

なんだかぼくはつぃに本当ぅの神秘(しんぴ)、神の領域(りょういき)を見てしまった気がして、実はそのとき鼓動(こどう)が一とつ不思議に撥(は)ねた。実(ぢつ)にこれがものにいぅ、はてな、心に吹く風か…?
涼風。
      遥かに常軌(じょうキ)。冒険に踏込む軀(からだ)。暮れる日々の亜麻色の日差射(ひざ)し。
                                   『ぼくはここにいるよ。』
                                             (レゾンデートル
                                               使命感。

息をつくまもなぃ靜かな興奮のなかで、
それでもぬからずにゆっくり―深(ふか)く神経塊(シナプス)に、
僕の生命に酸素(いき)を送り込む。

―心置(お)けなぃ唯一の同胞(はらから)と、事言ゎぬ無数の骸(むくろ)が在り余る情熱の暴走を赦す。

くらみそぅな多幸感(たこう-)・ひきずりこまれるよぅな射幸(しゃこう)感は現世と浮(うつ)つの竟(さかい)を曖昧にさせた、そんな悠久(とわ)の空間(はざま)の身(*)に染みる幻想(***)―惑(まどぃ)のなかで


目(め)にころがりこんだのは。

 

 


「あれは、人間じゃなぃか…。」