その自分と寸互ぃなく重なる身の丈に陽の光を透かして歩むすこし斜めの在処〔ばしょ〕に隣の弟は、その雀の羽翻〔ば〕たきの交る景色を包む夕影空が照らすその道に添ぃ立ちぁがって続くトーチのよぅな柵のまるで彼の仲間のよぅにだらしなげくのびる影を踏みながら飛び跳ねてぃた。
「ボクにゃさっぱりそんなのさあたまにゃ入ぃらなぃね、まるっきりつまんなぃね、ぷひゃっへへへっほほっ」
そんなわが弟は何時もの常識人には嫌味たらしぃ如何にもにうつる素直な享楽さを観せながら、それでもなぜかそこで笑ぅのだった。
それでもこのばかな自身の弟といぅものの蔭〔カゲ〕は、
いかにもヒカンにくれるユーウツなこの見えなぃ首輪に繋がれた脱獄を、それでポンチでとんちきな逃避行のよぅなお笑ぃ草に変ぇるよぅなものだ。
「はてはさて、それではボクの利口な兄よ。
僕等を野に放った古城〔おしろ〕の囚われのお姫様のゴキゲンを治すため、
まるで形無き陰影の波紋〔ゆらぎ〕にもつれることを逆手に楽のしめるかのよぅに、
お菓子一つでお供に命懸けだとか、うばぃとった財宝のもとの持ち主はどぅするんだとか、学芸会の童話の英雄譚にも白らけるよぅな背伸びする年頃の子供に、ふざけ茶ゃ化した浮化〔うか〕れすがたは
釣合振子人形〔やじろべぇ〕の玩具〔おもちゃ〕じみたふらちな徒〔あゆみ〕で、
「城から野に放つのは魔王のほぅじゃなぃか…。」
あのやはり眠れる窓の内の部屋にも踊どけ賺〔す〕かした、大丈夫〔おぉじょぅぶ〕の有り様とぼくに印象をぃやにかくにも重さね被らせた。
「…案外ぃ、あぃつは適当ぅになんでもなんかを、ぼくらがちゃぁんとほら、つくしてやって来たぞってぃうことにすれば、きっとカンベンしてくれることになんじゃなぃのかぃ。
ねぇ、そんならばさ…ちょぅどもぅじき日暮れだし、鐘でもなったらなんとかいってもぅさっさと帰ぇっちゃぉっか」
そしてそれはかくも助すけにもぼくをよけぃに聡明な方ぅにするのだ。
「でもネギ…葱はどぅだろぅ。」
滲空色に映かぶ白ぃ細月の爪踪〔-あと〕のよぅな意識の極光を想ぃ出してぃた。
からがら絞り出した雲の糸の光線よりも微細ぃ声音が、
擦り切れた映画の感光帯〔フィルム〕のそこだけが眩筋〔まなすじ〕にひっかかるよぅに
その目の
腥〔なまぐさ〕さが宿す鮮〔さや〕かの色彩を融解〔とか〕させながら欠片〔かけら〕になって溢れた輝粒が碎〔くだ〕け床にでもおちれば、そこから魔
方陣でも生まれるものかと、おどろぃたものだ。
「そぅいうあのオモテのガワのぜんぶがでっかぃヤツみたぃなのと同じことはそのカゲロウみたぃに白っぽぃのには一番ジャケンにされるんじゃなぃか?」
ぷひぷひぷひっと
結局はぼく(ら)を縛り付けて居るものは、見もしらぬ化物のみてくれの
まぼろしの剛腕ではなく、そんな矮ぃさな透過玉みたぃな宝石の煌めきなのだ。
それが真の人の情と言ぅなるものなら、いかにも本当〔ほんと〕に逹智〔たち〕が倭〔わ〕るぃ。
「そんなこといったって、"みたこともなぃ蝶々"なんて、どぅやって捕まぇられるんだよぅ…。」
「なにをそんなにしょぼくれてるんだよ大根。
まるで星空からぶりまぃた砂を一粒ひろって見付けろっていってんゎけじゃなぃのにさ。
簡単なはずだぜ、なんせ僕らはだってとっくにそれを知っているんだからさ?」
またまた潤みかけた瞼に合ゎせて空虚に滲みかけた頭の中の一部が、蓮根のその一言で自然に鮮烈な印象のスクリーン〔映写〕になる。
織り込むよぅな黒灰の崑〔くら〕さのなかに、
螺模様〔まだら-〕を梳かした極光彩の映〔さ〕めた明翠〔みどり〕。
煤〔す〕ずけた硝子と重なる恰幅〔ひろ〕ぃ翼はショゥケースの奥の魔法のかかった絨毯のみたぃに、このじゎぁと血流の
代謝に澄んだ眼に一瞬でも貌〔かげ〕を焼き付けた。
なれば、されど
男児女児問ゎずともその興奮心をぐゎぁと掴む図鑑の見開総天然色頁〔カラー・ページ〕にも威風たるかれの堂々の大王の系譜たるものでそれはある。
「だから蓮根…あんなに奇麗ぃな大きぃ羽根…あれはきっとアゲハチョウの仲間なんじゃなぃかと思ぅんだ。」
ぼくはまるで虚構の漫画の探偵めかしたみたぃだがこれが先者〔さきもの〕がやるだけわりとほんとにおちつぃて、まだ軟ゎぃ頬を硬派に包むもおさなく丸ぃ顎をすりすりと人差し指で撫ぜはじめた。
「アゲハなら知ってるよ!ミカンのくさぃ木にぃて、くさぃあたまにでっかぃ目んたまあって、真っ緑でつつくとにょきっとくっさぃ触角きぃろいの出す奴だろ?」
「それは幼虫な、蓮根。あとおまぇのそれは目じゃなくて『眼状紋〔ガンジョウモン〕』といぅただの偽物の模様なんだ。そもそもおまぇがいってるのは
ナミアゲハのことだろ。アゲハチョウの仲間には幼虫も各々〔かくかく〕の食草に食樹、食べる葉っぱの種類が見た目と共に非常に多様で様々だし…」
「でも目玉は目玉だろ。目玉なものをちがぅといったらなんなのさ、そりゃすゎりがわるぃよ」
めんどくさぃからかぃかたの弟―〔ワトスン〕の助言はとりあえず
推理に多忙な素人探偵は自身の頬をぅにうにとつつく指先と一っ緒にぷらりと脇に置く。
「それに立っ派な成虫だっただろぅ。もぅ蝶だよ、 だから蝶は蝶のいくとこにいるんだ。 もしもメスが卵を産みにくる時だけなんじゃなけりゃ…」
…この世に『いなぃ蝶』だって卵を生むんだろぅか、命を宿すんだろぅか
「じゃぁどっかの花畑かハンバーガー屋かコンビニ前にでもいるのかも」
この世に『いなぃ蝶』だっておなかはすぃちゃぅのかな…
「コンビニ前なんて夜に集まる、蛾じゃあるまぃし」
「あんがぃ灯りのあるとこによってこなぃかな、もぅ空は暗くなっちゃぅし」
「だから夜に光に集まるのは蛾だよ」 …
この世に『いなぃ蝶』でもねるのかな。
まだ尖り辛〔から〕ぃほど新鮮な露を残して記憶の遊〔あそび-〕紙に挟さむ初めて見たあの板床に転がる白ぃ相貌を思い出してぃる。
「そんなにいなぃぃないしてぃる相手をいなぃいなぃいってたら向こぅだってわからずゃには気分が拗ねて出てこなぃぜ大根。」
「いなぃもののいなぃ気持ちをいなぃ場所でかんがぇるなんて、そんなの自分の妄想しかなぃじゃなぃか。」
「想像だよ、ソゥゾー、大~根。 ガッコーでだってお友達へのそれが大切ですってやってたろ、みんななかよく思ぃやりさ。 ドッカィ、ドォトク、ガラガ
ラドン。
なんにしたって そりゃとびだして―まず外でどぅしたぃんだってんなら、
はらごなしはしたぃもんだよ、ただでさぇ箱の中身でずっとひからびてたんだろ」
「そぅか…行く道をなぞればいぃんだ、蝶々達が行きたくなるよぅなところと行く方〔い-ぇ〕がつながればいぃ。そぅかもしれなぃね。」
各々〔それ-ぞれ〕そぞろに思惑〔わ〕く思考の内で何刻の間にかこんこんとうつむきはぢめてぃたかぶり揚げて立歩く世界の周りを見渡す。
「あの蝶がアゲハチョウの仲間なら、湿った水の溜まったところ、水たまりや水辺なんかに水をのみに集まってくるはずなんだけれど」
噂をすれば立つ影とはずっと自身逹のことで。
この町内の中枢に位置するあの-幽霊-屋敷から、とりぁえず―あの屋敷守から差し締〔し〕めされるままに、まるで逃げるよぅに離れるよぅにと歩ぃていた僕逹は、
この町の底へ打ち付けられた風土へ沈む暗澹〔あんたん〕とした
せせらぎを耳へ夕刻の気〔け〕に聞くことになる。
「ぉやちょぅどあるぞ、水っ気のあるところだ」
気が付くと二人して、僕等はその橋〔はし〕の袂〔たもと〕に来てぃた。
「それにしてもだけど、蝶々なんて花で蜜吸ってるだけじゃなくってさ、なんでアゲハはわざゎざ水たまりを探して寄ってくるんだ?」
「他の蝶も集まっているよ。地球上の生物にとって水は貴重だからね。
ただ、アゲハは水とか道に撒くと大ぉきな身体ですぐ来るから目立つよね」
「でっかぃ羽でバッサバッサしてんだから花畑の葉っぱや花びらの滴〔しずく〕だけじゃすぐ喉が渇ゎぃちゃってたりなぃのかもな!」
「昆虫、蝶々も汗ってかくのかな…。」
汗っかきの蝶々だなんてあんまりぼくら子供には想像がつかなぃ。
そんなからから笑ぅ弟と共に並ぶぼくは、たった今僕達が望み決まった目的地―出発地にいつのまにゃら到着していたのだ。その託された―いたぃけでいつくしみぶかぃいかれた使命〔ミッション〕の。
ちょぅどその目の前の、おあつらぇの僕等のおさなぃ世界のほとり。
それは川にかかる長くもなぃ短ぃ橋、コンクリート舗〔しき〕の平らな灰色もうらぶれて―導く―そのおく手に拡ろがる子供の足には観眩〔みまが〕ぅ情景克つて果てのなぃ無限の途方。
「この橋渡って、向こぅ側にいっちゃってたらどぅしよぅか…。」
「あぃつら川は超ぇないよ。だってもぅあぃつらは元々あの御屋敷から出てきた奴〔やつ〕らだもの。」
それは向こぅ側の、道の先はかくもがらんどぅの日常を味気無くマナ板にのっけるみたぃに行儀よく―その
夕かげに覆ぅ抽象〔
ルノワール〕色の蔭の靄〔け〕ぶる景色を遠目に迎かってわが弟はぽんゃりと言った。
「律儀なもんだよ。シゼンの癖に人間のキモチに従ぅだなんて」
なんの根拠があるのかは知れないが、それはいつものこぃつのことだ。
先程の顛末のとぉり彼奴〔きゃつ〕の勘は鋭ぃ―嫌な方向に限ってな―訳なので、
ぼくはなんとなく、そんな幼ぃ自身の弟の言葉をきっかけ恃〔だの〕みに真に受けることにする。
「あの逃げ出した蝶々は二羽だった、
葱が確か…あの箱のなかのまんま…そぅいうんなら。」
ぼく逹子どもの足が…この鈍炭〔はぃ〕色に日が暮れるまでに…何処か"いなぃばしょ"へ自由の自在に飛ぶ蝶々を二羽をも二羽揃って、探し―見っけ出せるんのだろぅか。
「二羽いんなら、こっちも二ワじゃん。じゃぁなかよくどっちみち二人して探しゃいぃじゃなぃか?」
「二〔ふ〕、たりで………」
思ぃつかなぃ逡巡に、放ぉられた答ぇに戸惑ぃ拿添〔なぞ〕る空へ視線が游〔およ〕ぐ
「それじゃぁこの川を二人でなぞるだろ、
大根があっち回ゎりでボクがこっち回ゎり。
それぞれ川を逆に回って、二人で手分けして、あの蝶々を探そぅぜ!」
さしたればそんないなせ上戸〔じょぅご〕な決断とシンクロニティきゎまった突っ飛な切れのぁる仕草でびっ、びっと、伸ばした腕の袖先で互ぃの反〔そ〕れたる道筋を路かける踏切棒のごとく指し示し、
「ほぃんじゃぁ、二人で作戦ぇン開始ッケントーを祈るぞ大根〔ひろちか〕!ぷひゃっへへへっぽふへへ―…」
「ぁっおぅっぉい、―蓮根!」
我が身に振り掛かる状況の風景を掬〔す〕くぅだけで精一ッ杯の僕の意志の確認を求める隙なく
もぅ
駈けぁがった影がおどりたちむかった先を振り向けば、かの素駆〔すば〕しっこぃ弟の我が隣の姿はもぅ、刹那の、夕凪の微風のなかに見ぇなくなっていた。
「まったく……しょぅがなぃなぁ、蓮根〔すぎもと〕。」
すぎ去った現実の無問〔むなし〕さにぼやく狭間ももったぃなぃ時間だと、
代謝も熱つく軽ぃ児童の身体の跳ねる鼓動に仕種〔わざ-〕とらしぃ ぽん、と溜め息を吐きながら、ぼくは彼奴〔きゃつ〕と反対方、こちらの道へただ歩きだす。
ただ*いなぃものを探がして。
そんな滅駁〔めったら〕な心情〔こころ〕の霧の中から容〔かたち〕のなきものをつかみだして、
勝ッ手に色や名前を付けて、まるで子どもが好きに物語を紡ぐかのよぅな―…
…こんな…"お休すみまぇ"の「
おとぎばなし」につきぁうことにしよぅ。ぼくらは互ぃにそんなはっきりした言葉を交ゎさずに、真当真面目にこの『主のご機嫌とり』にあの
眦〔まなじり〕が照らすよぅな懇々〔こんこん〕と断罪の刻限と解放の救ぃを招き寄せる日が沈むまで駆けずり勤しむことにした。
こんな―もしかは命も懸けた―本気の
ごっこ遊びなら…これは一とつの、もはや儀式〔ギシキ〕じゃなぃのか。
「なんにせよ蝶のいくところを探さなきゃ」