*ぷみささんちの白紙帖

ぼくのこころのふりーだむ。

*地方五人衆連伝森兄弟

   「羅生門」に与せて―

 

 じぶんはといぇば、己ながら言ぅのもなんだが、毎日弟妹達の面倒をよく見、顔ばかりは凛々しかったものだから、

鉄砲を背負ってそこへと赴く日も、皆喜んでやれ勇めと送っていったものだった。

 

どんどんどん、どんどんと、船は人の里をはなれてゆく。

 

その日も、やれ道楽者だの反思想だの非国民だの、流行りの大仰な言葉をころがしてやりあうよぅな有様が、

己は酷くなんだか滑稽な子供の諍ぃに見えて、

「きっと大切な者のかたみなのだろう、いってやるな。我等はこれから魂一つに合ゎせて運命共に戦うのだ。

人が人思ぅこと誰が責められる。我等の命は郷里のためにあるんだ、君達にも思うものがあるのだろう。」

そぅ諌めると、やはり人には其々あるものかみしおれて、みなてんでに散っていった。

 

すっかりほどけた昏ぃ輪の中から、小鼠のよぅにしゃごみ附してしてあるものを抱ぇ

まるで酩酊したよぅに吃逆あげながら、それがしばらくおちつくのを待った後、

「あぁ…たすかった。守ってくれて、有難う。」

やっと声もらしたその両掌の中にあったのは、

「これは、わぃの人間の証明なんじゃ。」

そのやわな物腰には似合わぬ、只えたぎる硬炭のよぅな字が一とつ書かれた本だった。

 

それほど低くもなぃ立端を猫背にすぼめ、大振な眼鏡は本国男児にはいかにも浮かなく、眼ばかりが爛々と少年のよぅに輝く、

その名は森といぅ、同輩の男は、

「本が、好きなのか?」

「そぅじゃ、書物とはこの世で一番尊き人間の心とメンタリティを永遠に刻む美しきクオーツ・時計じゃ。将来はな、こぅいうものこそが教科書に載り皆こそがよむよぅになるんじゃぁぞ、君も是非読んでみるといぃぞ。」

「あぁ…済まなぃ、己はよみかきが、できなくてな。」

一度心を許してみれば、なんでもひろく知識と関心とをもち、ずぃぶんと柔かぃ頭で喋ゃべるのだ。

自身の好奇と嬉々として腹から人に懸命と語りゆくその姿は、郷里の弟妹達との姿も思ぃ重なり己は和ましかった。

まさに己はそのとき、人間とはなしているよぅだった。

その友が、「まともなことばかりいぅ」仲間達の中では、己はずぃぶん好きだった。

「君は、ほんとぅにきれぃな言葉の喋り方じゃのう。小粋で伊達者な風のふく、漱石先生の書く軽やかな登場人物達のよぅじゃぁないかぃ」

「いゃ、あまりにつぅじないものだから無理して遣ってるんだ…ぜぁごは北ぁ生んまぇでは。」

「…ぁあ、いぃ響きじゃ。なんて、

 イーハトーヴォの―まるで詩の内の世界じゃ。」

それはその友も、同じ思ぃ懸けのよぅであってくれた様だ。

奴は知性的で、夢想的で、叙情的であり、

いかにも人へむけ銃など持つのは似合わなぃ人間だった。

 

どんどんどん、どんどんと、船はきょうも人の里をはなれてゆく。

 

どこか蚊のなくよぅな微々しさを永々と持ちながら、世界のさんぜんとした諸々を己へと顔見れば楽しげに話してぃた

万里の軌跡にに深く濃さを増す大海は、夜も昼も歪ませて、我らが識るおくにの涯をこえてゆく

それでも友の顔は、日々に蒼くなっていった。

 

「この船をおりたら、わぃ達はもぅ人間じゃなくなるんじゃ。」

 

 

朝だったか―深夜であったか、

 

己は船が激しぃ黒く荒くれる波間の中にある夢を観て、

おきれば空は満点の純白の星屑のさなかであり、海面は生絹のごとく漆紺に凪ぃでいて、

とにかくその日に限って、すっかりみな深く寝静まっていたのだ。

 

胸騒ぎをして駆けつければ、己一人、闇の中に影なき獣の浮かぶよぅな呻き声に友の面影をみて、

光にしろく融けかけた見懐れた相貌が喀血してぃるかと思ぇば、それはまるで黒く、白白醒めた頭の中でひどく懐かしぃ郷里の匂おぃに噎せ薫っていた・

「いぃんじゃ。これで、もぅ…兄ィや殿が居ないんじゃ、わぃのことを笑ぅ者はあっても、怒る者ももぅ居らん。」

「馬鹿を言うあやめてくれ、もどってくるんだ、勝ってみんなで帰るんだ。」

「ばかをいぅな。こんなことが当たり前ぇだと人間として普通に言うとったら、もぅ人として負けとったんじゃ。
この選択をした時点でわぃらは負けとったんじゃ。炎と煙にばかされて、あぃつらも最初から負けじゃ。皆なが負けとったんじゃ。」

あれだけに臆病な友のことだ、生命的な我が活動の剥離の本能的な情動的な予兆に身体はみすぼらしく震ぇていた。

「わぃは、…ずっと人間でありたいんじゃ…」

 

「わぃは、人間でありたいよ…。」

 

 

 

人間であった友の姿が、共に繊細に幾多の言葉を紬ぃだ親しみある口許が、勇敢にもなく栄誉もなく不格好に痙攣する、そしてやがて自重をなくしてゆく様なのが、

 その失ぅ体温を握った手から自身も奪ゎれそうになる恐怖に、己はがたがた歯を喰い縛りながら、それでもだれにもふれさせずにひとりで見おくった。

 

魂のともしびがふききえるなか、共にかれとこの掌に添えられたの紺青の本の、

あのわずかにその意味をあたまにちかつかす”生”の字が、この熱を伝たぃ、

うつむぃた双眸のもとで焦黒く染まりながら、ひどく懐かしぃ香に薫っていた。

 

己はそのすべてをさいごまでみとどけたあと、上官に告げに行った。

「仲間達の志気に拘る。遺体は海に捨てておくんた。…国の家族の方にも、『戦上で勇敢に戦って玉砕した』と言うのだ」

「それじゃぁばれます、それじゃかれをよく知っている、かれの家族にはすべてばれます。

彼は…

…波の激しぃ船上の暮らしにたぇられずに、「心臓がやられた」といぅのです」

船は波の激しさにたえられず、心臓がやられてしまっただけだ。